ブレインストーミングの神話

ブレインストーミングの神話

ブレインストーミング(Brainstorming:略してブレスト、BS)は、集団でのアイデア生産の基本的手法として広く普及している。これはオズボーン(Osborn,A.F.:1888-1966)が1948年に最初に提案したものである[1]。BSの基本原則は、①判断の延期(deferment of judgement)、②量が質を生む(quantity breeds quality)、の2つで、そこから次の4つのBSの活動指針(ルール)が派生する。

  1. 批判するな:BSの目的はアイデア生産なので、評価はあとで行う。
  2. 自由奔放(freewheeling)が奨励される:奇抜なアイデアほどよい。
  3. 量が目標である(質より量):アイデアを多数生産すればするほど、その中に、より創造的なアイデアが含まれる可能性は高くなる。
  4. 既出アイデアの改良・組合せを考えよ:変形や結合によって一層多くのアイデアを生み出せる。

彼はこのようなルールに従ってBSを行うと、そうでない場合の倍以上のアイデアを生産できると主張した。しかしその後の実証研究で、一般にBSでのアイデア生産は、ほぼ一貫して、名義集団の産出(各メンバーの単独アイデア生産の集積)に及ばないことが明らかになった[2][3]。

その後、この生産損失(production loss)が追求され、まずこれが、(a)動機づけ損失(motivation loss)と(b)調整損失(coordination loss)に分けられ、次のような要因に分類され検討されてきた。

  1. ただ乗り(free riding):集団の中で自分の個人的貢献・達成は見えにくくなり、責任意識の低下や手抜きが生じやすくなる傾向。これは自動的処理として生じうるので、本人は自覚していない場合もある。逆にいえば、個人貢献を同定できるようにするとただ乗りは減少しうる。
  2. 生産マッチング(production matching):人は、自分の達成を他メンバーのそれと比較し、生産の水準を他メンバーのそれに合わせようとする傾向。これは集団活動の状況(集団目標の合意水準がどうなるか)によってアイデア生産向上につながる場合も低下につながる場合もありうることを示唆している。
  3. 評価懸念(evaluation apprehension):他メンバーや社会評価が気になり自分の自由なアイデア生産・発表を抑制する傾向。社会的抑制(social inhibition)ともいう。
  4. 生産妨害(production blocking):実際の集団では一度に1人しか話せないことから必然的に生じる制約。発話ブロッキングともいう。それに関連して、発話できない間に思いついたアイデアを忘却することや逆に記憶・保持の努力のために次のアイデア生産が妨害されることもありうる。また他人のアイデアを聴く努力の中で自分のアイデア生産のエネルギーを削がれるかもしれない。
  5. 集団過程損失(group-process loss):集団規模が大きくなるほど、集団維持のための投入エネルギーが増え集団運営が困難になる傾向。一般には(対面の)問題解決集団の生産性は集団規模で成員数5-6人まで増加し以後12人程度で漸減し(逆U字曲線)、それを超えると分裂するといわれてきた[4]。インターネット等のICTを介在させるとそれがどう変わるかは興味深いがまだ確定的なことはいえない段階だと思う。

具体的には、1、2が動機づけ損失に、3、4、5が調整損失に関連する。

いずれにしても、前記のようなBS成果を左右する要因があり、多くの場合、それらを損失要因として、個人活動よりも成果の低下を招きやすいことがわかってきた。伝統的には、ブレインライティング(BW:典型的には635法など)は③や④を中心にそれらの損失回避を考えた手法といえる。

そういう中で、ICTの発展で生まれた電子ブレインストーミング(EBS)は、原理的に、集団規模が大きくなっても4や5の損失が少なく、匿名性は2や3を減少させうる(*)。実際にEBSで生産損失が改善され、名義集団の遂行を上回ることが明らかになった。

[注]
* 1に関しては設定次第で個人同定は可能なのでこれも回避可能であろう。たとえば、個人名等を含めアイデアを記録、各自の最低アイデア生産数を明示、などである。また、あらかじめ個人でアイデア生産(個人BS)を行ったうえでそれを持ち寄り集団でBSを行えば、個人成果の集積以下という損失はなくなる。

[文献]

  • オズボーン(2008)「創造力を生かす、創元社(Osborn,A.F.(1948). Your Creative Power. Charles Scribner’s Sons.)
  • 坂元章(編)(2000)、インターネットの心理学、学文社
  • Sawyer,R.K.(2012). Group creativity. In Sawyer,R.K. Explaining Creativity(2nd edition). ch.12(pp.231-248). Oxford U.P.
  • Steiner,I.D.(1972). Group Process and Productivity. Academic Press.

(奥正廣)