二重過程理論(dual-process theory)

二重過程理論(dual-process theory)

人間の情報処理は大別して2システム(処理モード)があり、両者が同時かつほぼ独立に稼働しているという最近の認知科学的諸理論をまとめて二重過程理論という。

一方は進化的に古い処理システムで、連想的・自動的・無意識的・平行的・高速処理的で処理負荷が低い。並行的とは多数の個別処理モジュールがあり、それらが同時並行的に稼働しているということである。他方は進化的に新しく人間に特徴的で、ルールベース・制御的・意識的・線形的・低速処理的で処理負荷が高い。高処理負荷とは、有限な注意(attention)資源を多く消費し、作動記憶(working memory)の容量限界の制約を受けるということである。

前者は、なにげなく行っている認知・判断・行動、たとえば反射的な行動から日常行動まで、また誤認・誤解や一部のエラー(スリップともいう)、各種クセ、偏見・ステレオタイプ、直感・直観まで含む。本来的に意識化できないものもあるが、一部は統制的処理の訓練の結果自動化・習慣化したものもある。直感・直観や熟達のベースはそういうものであろう。

ちなみにカンデルらは、脳神経・細胞レベルで、初期に神経ネットワークで実行される複雑な処理が、訓練・学習の結果、単一処理ユニットとして脳内の別の場所に記憶されることを実験的に確かめている。

意識と無意識の対比はフロイトの時代からいわれていて、当たり前に思えるかもしれない。しかしこの重要性が再認識されるようになったのは20世紀最後の四半世紀からといえる。

たとえば直感・直観に関していえば、それが妥当か否か、創造的か否か等は、その自動システム(モジュール)が現実妥当的に学習・形成されたかに依存する。天才と狂気は紙一重という格言があるが、基本メカニズムは同じだからだということもできよう。“生まれつきに天才”とかいう話ではないのである。最近のAI(Artificial Intelligence)が順次、チェス、将棋、囲碁のトッププロに勝つようになってきたのも同じメカニズムによるだろう。

またカーネマン(Kahneman,D.:1934-)は前者をシステム1(潜在的過程)、後者をシステム2(顕在的過程)とし、主にシステム1の経済的行動に関する特性を研究し、従来の経済合理的人間像という前提を震撼させたプロスペクト理論やヒューリスティクスとバイアスの研究で、2002年度のノーベル経済学賞を受賞した。

日常生活の大半は無意識的・自動的処理によって行われていることはフロイトもわかっていた。だから意識的に制御できない問題行動が生じるのは無意識の自動的処理に原因があるとして、抑圧等に基づく防衛機制とその克服の理論として精神分析学(psychoanalysis)を打ち立てたといえるだろう。ただ現代では、大半の自動処理は抑圧的ではないことがわかってきた。

脳神経科学の進展で、この無意識的・自動的処理は脳神経系のデフォールトモード・ネットワーク(DMN)によるとされ、マインドワンダリング(考えようとしていたこと以外のことに思いを巡らしてしまう心の迷走で一般に不快)とも関係する。それに対して計画、意思決定などの高次な認知機能を担う意識的・統制的処理はセントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)といわれる。そして両者(二重過程)を切り替える役割を担うのが、島(Insula)を含むセイリャンス・ネットワーク(SN)と考えられている。認知課題遂行中にはDMNの活動は低下し、CENとSNが同時に活性化するので、後の両者を合わせてタスクポジティブ・ネットワークと呼ぶ場合もあるという。

((快というよりむしろ快と考えられている)発散思考と(原則不快と考えられている)マインドワンダリングはどういう関係にあるのか、は興味深い検討課題である。

[文献]

  • カーネマン(2012)「ファスト&スロー(上・下)」早川書房(Kahneman,D.(2011).Thinking Fast and Slow. Penguin Books.)
  • スクワイア/カンデル(2013)「記憶のしくみ(上・下)」講談社ブルーバックス(Squire,L.R. & Kandel,E.R.(2009). Memory: From Mind to Molecules(Second ed.). Roberts & Co.)
  • 貝谷久宣・熊野宏昭・越川房子(編著)(2016)「マインドフルネス」日本評論社
  • コーバリス(2015)「意識と無意識のあいだ」講談社ブルーバックス(Corballis,M.C.(2014). The Wandering Mind. Univ. of Chicago Press.)

(奥正廣)