マインドフルネス(mindfulness)

マインドフルネス(mindfulness)

(1)ランガーの流れ

社会心理学者ランガー(Ellen Langer:1947-)によれば、マインドフルとはまわりの環境や自分自身に対して敏感になり、その状態や微妙な変化によく気づく状態である。それに対しマインドレスは、対照的に、まわりの環境や自分自身に対して注意を払わず鈍感になり、微妙な状態変化などに気づかない状態をいう。彼女はマインドフルな活動とマインドレスな活動の仕方を対比すると次の3つの特徴をもつという。

  1. 新しいカテゴリーの持続的な創造 ⇔ 古いカテゴリーに捕われること
  2. 新しい情報への開放性 ⇔ 新しい情報に注意を向けることを妨げる自動的な行動
  3. 複数の観点への暗黙の気づき ⇔ ただ1つの観点から生みだされる活動
    (注) ⇔の左側がマインドフル、右側がマインドレスの特徴

彼女は、上記を基本的な心的態度(mindset)の違いを表す対比概念として提案し、被験者を操作的にマインドフル/マインドレスな状態に分け、複数の実験研究で、マインドフルネスの能力向上や健康への効果を示した。

ランガーの主要な実験を要約すれば次のようである。①空軍パイロットのフライトシュミレータ訓練視力を、ラフな服装 vs. ユニフォームで実施したとき、後者で視力が向上(リアルであること・現場体験の重要性)、②老人ホーム入居者実験で、統制群(従来通り) vs. マインドフルネス状態(生活を自己決定)で一定期間過ごした場合、後者で1.5年後の健康率高・死亡率低(マインドフル・モードの健康効果)、③高齢者1週間合宿実験で、20年前(’59)の生活を、回顧して生活 vs. リアルに再現して生活した場合、後者で身長,体重,歩行,姿勢,知能テスト等の向上があり顔つき・外見が明らかに若返っていた(健康効果)、④ホテル客室清掃員女性実験で、元来清掃の仕事を運動と思っていない女性を2群に分け、実験群のみ「客室清掃は十分な運動」と教示した場合、実験群のみ体重・体脂肪率減等があった(健康効果)。ランガーの研究は潜在的認知研究の流れにあり、プライミング効果や心理的偽薬(思い込み)効果とも呼べるものである。

ランガーの研究は、(意識されない)ちょっとした刺激や環境整備(刺激構造変化)で心的モードが変わり、それが能力発揮や健康に影響することを明らかにした。しかも現場実験的で生態学的妥当性が高い。

これは発散思考(DT)テストの結果の変動にも通じるものがある。DTテストの成績はちょっとしたプライミングの違いで大きく変化することがわかってきて、その成績の差異/変化は能力よりも心的モードの差異/変化を示している可能性が高い。もちろん、それが後述するデフォールトモード・ネットワーク(DN)になれば、本来的な「能力」になる可能性もある。それをランガーの研究も示唆している。

さて、ランガーのマインドフル/マインドレス概念は社会心理学的・認知的学問の研究動向からの展開であって、仏教概念の影響は受けていないようであるが、彼女は最初の著書で東洋概念との簡単な比較を行っている([1],p.77)。心理療法(psychotherapy)の流れのマインドフルネスは次に扱う。

(2)仏教的瞑想の流れ

心理療法、あるいはその中の認知行動療法(cognitive behavioral therapy)の世界では、仏教の瞑想法から派生したマインドフル概念がある。仏教的瞑想にはサマタ瞑想(Focused Attention meditation:FA)とヴィパッサナー瞑想(Open Monitoring meditation:OM)があるといわれ、前者FAは「一つの対象に注意を集中する瞑想訓練」を、後者OMは「あらゆる体験を評価せずに、囚われのない状態で観察する瞑想訓練」を意味する。

マインドフルネス・ストレス低減法(Mindfulness-Based Stress Reduction:MBSR)のカバット-ジン(Jon Kabat-Zinn:1944-)の定義は「マインドフルネスとは、意図的に、今この瞬間に、価値判断をすることなく注意を向けること」であり、ヴィパッサナー瞑想(OM)に相当することがわかる。

要するに、ここでのマイドフルネスは、何かを変えようとするのではなく、それを受容し、その動き・過程・推移を静かに観察するような基本的態度、物事の見方、心的状態のことである。こちらのほうが心的問題の治療が目的なだけに、心内の状態への気づきに、より焦点があたっているといえるかもしれない。

MBSRやマインドフルネス認知療法(Mindfulness-Based Cognitive Therapy:MBCT)はうつ病等の治療に有効であることがわかってきている。

認知行動療法ではその人の問題ある認知(スキーマ、自動的思考など)を変えることが治療の重要な要素であるが、実はそれを変えるのはかなり難しいことがわかってきた。その頑強な自動的思考は、刺激によって無意識かつ自動的に開始してしまうデフォールトモード・ネットワーク(DMN)であり、基本的な認知モードだから簡単には変わらないということである。ある意味で固着しているといえる。したがってこの固着した問題あるDMNから自由になり、より健康なDMNに書き換える訓練が必要になる。その固着からの解放に役立つのが注意のマインドフルネス・モードであろう。

両者(ランガー、心理療法)のマイドフルネス概念に共通するのは、注意制御のあり方が人間の心身の全体的健康に大きな影響を与えうるということであろう。つまり癒し・安らぎから人間成長・創造性まで及ぶ人間解放の基礎になっているということだろう。

この概念や実践が健康ビジネスでブームになっている。やっと厳密実証科学の成果と結びつく時代になったのである。実証基盤に留意し、繰り返される一過性のブームに終わらせないようにしたい(*)。

[注]
* ジェームズ(William James:1842-1910)は1900年代初頭に、ハーバードカレッジの彼の授業で、『仏教心理学は、今から25年後には誰もが学んでいる心理学になるだろう』と述べたという[2]。100年以上経って、やっとそれが実現する時代が来つつあるのかもしれない。

[文献]

[1]Langer,E.J.(1989). Mindfulness. Addison-Wedsley.
[2]Germer,C.K.,Siegel,R.D, & Fulton,P.R.(Eds.).(2013). Mindfulness and Psychotherapy(2nd ed.). Guilford. p.11.

  • Langer,E.J.(1997). The Power of Mindful Learning. Da Capo Press.
  • Langer,E.J.(2005). On Becoming an Artist. Ballantine Books.
  • ランガー(2011)「ハーバード大学教授が語る「老い」に負けない生き方」アスペクト(Langer,E.J.(2009). Counterclockwise: Mindful Health and the Power of Possibility. Ballantine Books.)
  • 貝谷久宣・熊野宏昭・越川房子(編著)(2016)「マインドフルネス」日本評論社
  • カバットジン,J.(2007)「マインドフルネス・ストレス低減法」北大路書房(Kabat-Zinn,J.(1990). Full Catastrophe Living. Dell.)

(奥正廣)