多重知能理論(Theory of Multiple Intelligences:MI理論)
ガードナー(Gardner,H:1943-)は1983年に“Frames of Mind”で多重知能理論(Theory of Multiple Intelligences)を世に問うた。これは日常世界では常識に近い経験知であるが、(心理学的)学問世界では画期的であった。なぜならそれまでは、知能とは知能テスト(IQ)で測られるもの(操作的定義)と考えられていたからである。彼はそこで、紙と鉛筆でのテスト(暗に知能テストを示唆する)で測れるのは知能のごく一部にすぎず、もっと多様な知能があると主張した。
彼は知能を「特定の種類の情報を特定の種類の方法で処理するような生物心理学的な潜在能力であって、ある文化で価値のある問題を解決したり成果を創造したりするような、文化的な場面で活性化されることができるものである」(1999年時点)と定義した(*)。そして広範な学問的研究知見から、その知能を同定する8つの基準、すなわち、(1)脳損傷による孤立の可能性、(2)進化の歴史と進化的妥当性、(3)識別可能な中核的操作の存在、(4)シンボル体系による記号化の可能性、(5)固有の発達暦と熟達者の到達点の明確な状態記述、(6)サバン症候群その他の特殊な人々の存在、(7)実験心理学的課題からの支持、(8)精神測定学の知見からの支持、を設定した。そしてそれらの基準を満たす知能を7つ、さらに1999年段階で1つ追加し8つの異なる知能を提案した。下記である。
- 言語的(linguistic)知能:話し言葉や書き言葉への感受性、言語を学ぶ能力、目標を達成するために言語を用いる能力など
- 論理数学的(logical-mathematical)知能:問題を論理的に分析したり、数学的操作を実行したり、問題を科学的に究明する能力など
- 音楽的(musical)知能:音楽的パターンの演奏や作曲、鑑賞のスキルを伴う
- 身体運動的(bodily-kinesthetic)知能:問題を解決したり何かを作り出したりするために、体全体や身体部位を使う能力を伴う
- 空間的(spatial/special)知能:空間を航行したり、乗り物を操縦したり、3次元的な事物のイメージを形成したりするような、空間のパターンを認識して操作する能力を伴う
- 対人的(interpersonal)知能:他人の意図や動機づけ、欲求を理解して、他人とうまくやっていく能力
- 内省的(intrapersonal)知能:自分自身を理解する能力に関係。自分自身の欲望や恐怖、能力も含め、自己の効果的作業モデルをもち、その情報を、生活を統制するために効果的に用いる能力
- 博物的(naturalist)知能:環境の種々のものを見分け分類する能力(博物学者、人工物の分類等)
また将来的に追加しうる知能として実存的知能、霊的知能、道徳的知能などの存在可能性についても検討している。その中で彼は、実存的知能は存在可能性が高いが、霊的知能や道徳的知能に関しては否定的であるとしている。
定義から推測されるように、多重知能理論で、彼は人間の認知全体の構造・構成を問題にした。そして知能のプロフィールには個人差があること、言い換えると個人の知能の組合せは独自であることを示唆した。また知能は倫理・道徳(価値)とは独立であり、知能発揮が生産的(創造的)になる場合も破壊的になる場合(詐欺師や破壊的カルトのグル等)もあるとした。だから教育(知能育成)には価値の問題がからみ、別個に「心(minds)」の検討が必要になったのだろう。
もう1つ。感情的知能(Emotional Intelligence)という考え方が流行したが、彼は各知能が感情的側面をもち、感情は1つの独立した知能とはみなせないと(彼の知能の基準に基づき)考えていることは注目に値するだろう。
[注]
* この訳書[1]ではとくに、pp.46-7,p.133参照。この定義から示唆されるように、複数の内容の異なる知能があることを主張しているのであり、これは認知の領域特殊性(領域固有性)の考え方と親和的である。彼が、批判的思考(critical thinking)訓練(領域限定的でなく、どの領域にも通用するかのように、一般化された批判的思考の教育・訓練をすること)の有効性に疑問を呈するのもMIに基づく。創造性テストやそれと関連する一般化された創造性教育に対する態度も同様な根拠に基づくだろう。
[文献]
- [1]ガードナー(2001)「MI:個性を生かす多重知能の理論」新曜社(Gardner,H.(1999). Intelligence Reframed:Multiple Intelligences for the 21st Century. Basic Books.)
- ガードナー(2008)『知的な未来をつくる「五つの心」』ランダムハウス講談社(Gardner,H.(2007). Five Minds for the Future. Harvard Business Review Press.)
- チャロキー他(編)(2005)「エモーショナル・インテリジェンス」ナカニシヤ出版(Ciarrochi,J., Forgas,J.P. & Mayer,J.D.(2001). Emotional Intelligence in Everyday Life:A Scientific Inquiry. Taylor & Francis.)
(奥正廣)