W型問題解決学 國藤進

W型問題解決学

1.発想法としてのKJ法

文化人類学者、川喜田二郎によって創出された発想法「KJ法」を簡単に紹介する。KJ法は次のステップからなる。

  1. ラベル作り: ブレインストーミング、ブレインライティング、アイデアマラソンあるいはフィールドワークで観察した結果を、KJ法のラベルに書き下す。京大式カードの場合は、その見出しであるヘッダー部分を書き下す。全てのラベルには一つのモチーフを、主語・述語を明確化した一文章で書く。
  2. グルーピング: 全てのラベルを模造紙等にランダムにならべ、「己を空しうして」ラベルの語りかける声に虚心坦懐に傾聴する。分類軸を決め、表面的な類似性や親和性でラベルを集めてはならない。このような分類型グルーピングからは新たな発想は生まれない。
  3. ネーミング:集まってきたグループに対して、一行見出しを付与する。同一グループの全てのラベルを含意する概念を創造し、その内容を一文で表現する。一匹オオカミと呼ばれるラベルが残った場合、無理やりそれをどこかのグループに入れることはしない。それらが何段階もグルーピングされた後に、あるグループにマージされることもあるし、新たな発想を生み出すヒントとなることも多い。
  4. グルーピング&ネーミングの繰り返しで階層化:グルーピングされたラベルを一枚のラベルとみなし、他のラベルも含めて虚心坦懐にグルーピングをする。集まったグループに対して、ふたたびネーミングを行う。以上のプロセスは全体が5ないし6のグループになるまで繰り返し、ネスト構造をもった階層化を行う。
  5. 空間配置:大グループから順に解体していく。各階層でラベルの枚数をにらみながら、全体として納得のいく空間配置を探していく。全ての階層のラベルを模造紙上で展開した後に、グループとグループとの関係、およびグループとラベルの配置を考え、最も納得のいく空間配置を決定していく。
  6. 関係線付与:グループとグループの間の関係を付与する。関係としては因果関係、相互依存関係、矛盾敵対の関係、および相関関係を付与する。より多くの関係の種類を付与する人もいるが、国際的に通用するかどうかは疑問である。
  7. A型図解:模造紙上の表示された図解を口頭発表する。口頭発表にあたって、主張したいことを考え、始点と終点を決めストーリテリングする。ストーリテリングでは自分の解釈が入るが、あくまで図解に忠実にプレゼンしていく。
  8. 衆目評価法:A型図解の各グループに対して、参加した全ての人が最も重要なグループに最重要点[例えば5点]、次に重要な点に例えば4点と点数付けする。グループ全体の評価点を足し算することを衆目評価とよぶ。他の創造技法ではハイライト法とよばれる。
  9. B型文章化:完成した図解を文章化していく。始点と終点を決め図解に忠実に文章化していくが、途中で思いついたことも自分の解釈として追加してよい。元ラベルに書かれた事実とその抽象化された見出し、自分の解釈を明確に区分して文章化する。

2.創造的問題解決方法論としてのW型問題解決学

川喜田二郎は名著「発想法」の中で仕事のプロセスモデルとして,いかなる仕事も次のような12段階から成り立っていると主張している.「①問題提起,②情報集め,③整理・分類・保存,④情報要約化,⑤情報統合化,⑥副産物処理,⑦情勢判断,⑧決断,⑨構造計画,⑩手順の計画,⑪実施,⑫結果を味わう」の12段階である.

この考えを創造的問題解決(CPS)のプロセスモデルのなかで展開したのが川喜田二郎・牧島信一の「W型問題解決学 KJ法ワークブック」で、移動大学で培ったノウハウを結集した名著である。著者もこの本の執筆を分担した。

R1:問題提起ラウンドと言われているが、課題提起ラウンドとすべきだろう。そもそも問題が何かを、自分自身の思い込みで行うと、自分、チーム、あるいは組織の人を巻き込んでも、解けない大きな問題提起をしてしまう可能性がある。自分、チーム、あるいは組織の人の能力を発揮すれば解けそうな課題を明確化することが必要である。主観的な課題意識がラベルに記述され、それをKJ法でまとめるなかで課題図解が明示される。

R2:現状把握ラウンドと呼ばれる。自分、チーム、あるいは組織の現状について主観的な記憶の思い起こし、インターネットによる検索結果やフィールドワークに基づく客観的な事実認識をラベルに記述し、現状を把握していくラウンドである。前述の課題に関連するデータ、情報、あるいは知識を360度の角度から取材し、膨大なラベルを収集し、それをKJ法でまとめる中で現状が把握されるラウンドである。野外科学の方法に記されているごとく、最もKJ法らしいラウンドである。

R3:本質追及ラウンドと呼ばれる。課題を解決するアイデアをラベルに書き、それをKJ法でまとめる過程で、課題解決の複数のアイデアや仮説が明確になる。KJ法が発想法と呼ばれるには最も重要なプロセスである。しかしながら得てして安易な本質追及ラウンドのKJ法を行うと自分、チーム、あるいは組織のもつ暗黙の分類概念に基づく分類型グルーピングを行うことになる。川喜田二郎は「あてはめ民主主義」と呼び、この種のKJ法を嫌った。企業人の行うKJ法は時間厳守という暗黙の前提の上、このようなKJ法になることが多い。

R3.5:ネガ・ポジ変換本質追及ラウンドと呼ばれる。もしネガティブなラベルのみでKJ法を行うと、極めて悲観的な本質を追及するラウンドになり、個人、チームあるいは組織のもつ課題解決の意欲はなえてしまう。そこで敢えてネガティブなラベルもポジチィブな表現に変換したラベルを用い、KJ法を適用すると、ステークホルダー全てがやる気を出す本質追及図解となる。このラウンドを忘れてKJ法を適用した人々は多い。「KJ法は心のCTスキャン」という森田療法学会長を務めた丸山進の心理療法はこのあたりのプロセスを時間をかけて行い成功している。山浦晴男の地域創生法では写真KJ法を使い、最初からその地域のお宝を発見するようにして地域再生のアイデアを創出している。

このラウンドを経て得られた仮設・アイデアは一般に複数捻出される。そこで客観的・主観的評価を行い、仮説・アイデアの有効性の優先順位をつける。場合によっては、意思決定支援グループウェアで、その評価を行う。評価値の高い仮説・アイデアから順次、仮説・アイデアの検証を試みみる。

R4: 構想計画ラウンドと呼ばれる。このラウンド以降はシステム工学の諸手法を用いる。まず仮説・アイデア検証のための抽象的計画を立てる。システム工学の諸手法の一部はシステム思考と呼ばれる。仮説検証のためには因果関係に基づく論理的推論を行い、仮説検証の筋道を立てる。論理的帰結で得られた知識は場合によっては抽象的すぎて、そのまま実験計画を立てられる訳でない。

R5:具体策ラウンドと呼ばれる。このラウンドでは、抽象的知識をより具象化し、現在の科学技術で検証できるグラニュアリティの具体的知識を導出していく。得られた具体的知識に基づき、仮説検証のための実験計画を立てる。この際、与えられた制約条件の把握が必要となる。

R6:手順の計画ラウンドと呼ばれる。NASAで開発されたOR手法であるパート/Time等を用い、仮説検証の手順のワークフローを決定していく。場合によってはクリティカルパス・メソッド法を用い、手順の計画の最短時間に関する最適化を行う。最短コストに関する最適化を行うには、パート/Costを用いる。ここでの重要事項は、仮説検証に参加する全ての要員の作業工程の可視化の共有である。

R7:実施ラウンドと呼ばれる。仮説・アイデアの検証のための実験計画を遂行する。検証結果は現実の世界で観察される。観察結果に基づき、仮説・アイデアが統計的に受理されるか、あるいは不受理かが計測される。

R8:検証ラウンドと呼ばれる。受理の場合、次のラウンドに移行する。不受理の場合、R3.5で得られている次善の仮説・アイデアにフィードバックし、R4からR7を繰り返す。すべての仮説・アイデアが不受理の場合、課題提起R1のところにフィードバックし、やり直す。

R9:味わいラウンドと呼ばれる。受理された仮説・アイデアをリフレクション(内省)し、その意味するところを良く味わい、自分、チームあるいは組織のブレインウェアに蓄積する。形式知に近い知識は知識ベースとして蓄積される。暗黙知に近い知識はメディアベース、ノウハウベースに蓄積される。身体知、グループ知あるいは組織知として内面化し、暗黙の上で継承される知識もある。

3.W型問題解決学のコンピュータサイエンスへの応用

W型問題解決学のプロセスモデルは、日本ではコンピュータメーカがソフト開発のための仕様獲得で使われ、富士通などではC-NAPと呼ぶ支援ツールも作って入る。ソフトウェア工学では要求工学と呼ばれる。

R1:KJ法によって、与えられた課題を明確化する。

R2:KJ法によって、ステークホルダー全てのあいまいな要求を入手しラベル化し、まとめる。あいまい要求獲得ラウンドと呼ばれる。

R3:KJ法によって、要求仕様を発見するラウンドである。ステークホルダーのあいまいな要求をソフトウェアの入出力仕様というクリスプな論理的要求に変換していくラウンドである。そのための支援ツールを富士通等では開発されている。

R4:システム仕様の定義

R5:概念設計および機能設計

R6:詳細設計、インプリメンテーションおよびデバッグ

R7:フィールドテストおよび最適化

R8:システムの検証

R9:ドキュメントの作成および使用ノウハウの文書化

R4からR9ラウンドはウォーターフォール型の大規模ソフトウェア開発モデルへの適用事例である。最近はR4からR9のラウンドを繰り返し、ラピッドプロトタイピング、プロトタイピング、実用システム提供とされることが多い。

4.W型問題解決学のデザイン思考への発展

我々はW型問題解決方法論を「ものづくり」に適用した際、通常「ブレインストーミング、アイデアスケッチ、衆目評価法(ハイライト法)」という方法を伝統的に利用してきた。例えば、2004年にあるシンクタンクの依頼で(エネルギー、環境対策以外の)21世紀カーのデザインを行い、評価されたアイデアのほとんどが最近日本やドイツの自動車メーカーによって実用化された。

興味深いのはW型問題解決のプロセスモデルとIDEO社の「デザイン思考」との融合による我々の創発したイノベーションデザイン方法論である。

まず様々な分野の専門家を集め、異質の交流で課題を解決することをモットーとする。アタックする課題は単純でなく、複数の解がありえるWicked Innovationを必要とする課題が望ましい。専門家チームのリーダーの役割はあくまでもファシリテーターである。

R1:キックオフ・ラウンドと呼ばれる。最初に分かっている制約事項を認識し、課題を共有する。

R2:観察ラウンドと呼ばれる。現実の状況を様々な観点で現場観察し、そこでの人の振る舞いや嗜好を理解する。観察こそがイノベーションのためのインスピレーションを得る拠り所と強調している。

R3:機能目標設定ラウンドと呼ばれる。チームで課題を共有し、視覚化で課題解決のコンセプトを目に見えるように表現する。

R3.5:アイデア抽出ラウンドと呼ばれる。発散技法と収束技法を駆使し、課題解決のためのアイデアを抽出する。ハイライト法といったチームメンバ全員の評価を行う。しかる後に専門家による実現可能性から見た絞り込みを行う。

R4: 出てきたアイデアに基づきラピッドプロトタイピングとしての複数のモデルを作製する。

R5:複数のモデルのいいところを組み合わせ、実現機能を選択する。それにより最終モデルを決定する。最終モデルをプロトタイピングするための作業分担を決定する。

R6:専門家を呼び、プロトタイプする最終モデルを試作する。

R7:実装されたプロトタイプモデルを市場で実機テストする。

R8:数度の実機テストを通じて、不具合を改良していく。このラウンドでアイデアの良さが検証されていく。

R9:試作品を内省し、課題解決のパーティを行う。

IDEO社は「デザイン思考成功の秘密とはマインドセットである」と公言している。すなわち、「①常に人間を意識しながら考える、②コラボレーションで多様性を活かす、③どのような状況でも自分達は出来るのだというポジティブな信念をもとう、④早く沢山失敗して、経験から学ぶ」というのが彼らのマインドセットである。

〔参考文献〕

  • 川喜田二郎:パーティ学、社会思想社、1964
  • 川喜田二郎:チームワーク、光文社、1966
  • 川喜田二郎:発想法、中公新書、1967
  • 川喜田二郎:続発想法、中公新書、1970
  • 川喜田二郎・牧島信一:問題解決学 KJ法ワークブック、1970
  • 川喜田二郎編著:雲と水と 移動大学奮戦記,講談社、1971
  • 川喜田二郎編著:移動大学 日本列島を教科書として、鹿島研究所出版会、1971
  • 川喜田二郎記念編集委員会編:融然の探検 フィールドサイエンスの思潮と可能性、清水弘文堂書房、2012

(國藤進)